とりとめない内容だし、決して楽しい話ではないけど、やはり書き留めておきたいのと、彼女のことを心配してくれた人にご報告しておきたかったので。
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とてもとても残念で悲しい形ではあるけれど、行方不明だった友人は、ようやくご親族の元へ戻ってきました。彼女の家があった地区は、メディアでもすごく遠巻きにしか映し出されない。まだ立ち入りが制限されているそうだし、依然として直視に耐えない状況なのかもしれない。被災地の方々の心痛が和らぐ日が、少しでも早く来るように願う。そして地道に捜索と身元照会を続けてくださっている自衛隊や警察の皆様にも、労いの言葉をかけてさしあげたい。
残されたご親族には、彼女と過ごした楽しい思い出をメールでお伝えし、手持ちの写真もお送りしました。連絡をくださった、年齢の近い従姉妹の方がおっしゃるには、彼女は写真を撮られるのがあまり好きではなかったらしく、親族の集まりでも、なるべく写らないようにしていたそうだ。だから、写真は本当に嬉しいとおっしゃってくれた。そう言われてみると、一緒に遊びに行ったときも、彼女が自らカメラを持ってきた記憶はない。でも、友達同士で写した写真には、嫌がったり隠れたりすることなく笑顔で写ってくれている。みんなの気持ちを尊重し、心を配ってくれていたんだろうね。
彼女と一緒に行った場所を思い出してみると、その多さに自分でもびっくり。新潟、富士急、新横浜、猿島、中華街と関内、日本武道館、渋谷、代々木、新木場。横浜駅で飲んだのは、横浜ブリッツに行ったんだっけ? 赤坂では、うどん食べたな。荒吐では、昼は天気よかったのに夜に土砂降りになったな。もしかして他にもあったっけ? いつも行動力があって、パワフルだったな。ビールが好きだったよね。初対面の人でも気さくに話しかけて仲良くなって、ジーンズやスニーカーは滅多に履かなくて、たいていスカートと革のシューズで女らしかった。
そういう、私とは全然違うところが、すごくうらやましかったんだよ。友達になれて楽しかったよ。
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