2011/07/15

仙台へ

明日からの3連休、東北六魂祭が開催されるのに合わせて仙台に行くことにした。決めたのは、このお祭りが発表された直後だったので、希望のホテルもすんなり予約が取れたし、高速バスも押さえてある。

でも最大の目的はお祭りではなく、亡くなった友人にお別れをしてくること。Google Person Finderを通じてご親族の方がご連絡をくださった御縁で、お骨を(一時的に)預けてあるお寺と、友人の家があった辺りをご案内いただけることになった。そこを訪れるのは覚悟が必要なことだし、たぶん、泣かずにはいられないと思う。でもやっぱり、津波の爪痕がはっきりと見えるうちに見ておきたいと思うし、彼女が好きだったビールをお供えしてきたい。一緒に行く友人は私よりも遥かに傷つきやすく繊細な人なので、若干心配ではあるが…。

でも、仙台の観光もしっかりしてきたいと思う。東北支援のイベントで見た、仙台堤人形の招き猫も探したい。

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2011/06/03

被災地へ

6/1に、神奈川県から出る日帰りボランティアバスで宮城県の東松島市に行きました。ボランティアが作業するのは「掃除や修繕をすれば住める状態の民家やその周辺」なので、基本的には、瓦礫撤去などの危険な作業はありません。それでも、少し歩けば、津波で流された車や瓦礫の残る水田や畑が目に入ります。震災からもうすぐ3か月たとうとしているのに、まだまだです。日帰りでできる作業など本当に微々たるもので、復興がどれだけ時間がかかることなのか、実感の端くれのようなものはなんとか掴んで来ました。

帰路は、少し遠回りをして仙台東部道路~南部道路を通りました。友人の家があった方面も、車窓から眺めることができました。仙台と気仙沼にも今年の内に必ず行くつもりです。

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2011/05/25

環境とかエコとか

先週日曜、greenroom festival 11にグリーンボランティアとして参加した。具体的には会場内の分別ゴミを回収して集積場まで運ぶのが仕事。といっても拘束時間の半分は休憩時間(ライブ観覧可能)だし、7人ほどのチームで動いていたので、わりと楽なものだった。ボランティアを取りまとめる団体の担当者さんもすごく気さくだし、頭の切れる方だった。

事前説明会でも、そして当日にも担当者さんから繰り返し言われたことがある。ボランティア自身もフェスを楽しんで、笑顔で、良いバイブスを出すようにしましょう、と。これをあえて現実的な目線で解釈すれば、ゴミの分別に目くじらを立ててお客さんとモメたり、場内のゴミを鬼気迫る顔つきで拾いまくって周囲に緊張感を漂わせたり、そういうことがないように、ということだと思う。まあ、それが正解だと思う。

その後ぼんやりと考えていたのだが、企業の環境保護活動とかエコロジー標榜も、一時期に比べると随分おとなしくなったように思う。一部の環境保護団体の過激な行動が環境活動自体のイメージを下げてることもあると思うし、やはりエコロジー一辺倒ではコスト面で「持続不可能」なこともあると思う。だから今は、「持続可能な環境保護」の着地点を探っている段階なのかな。

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2011/05/12

仙台と気仙沼に行こうかな計画

早いもので、東日本大震災からもう2か月が過ぎた。まだまだ瓦礫の撤去が続いていることに、ただもう無力感を感じる。

しかし!だからこそ友人の住む宮城に行きたい。いま考えているのは、7月か8月頃、行程はこんな感じで↓

まずは仙台に1泊。(ご親族のご都合と合えばだけど)亡くなった友人に手を合わせに伺いたい。せっかく行くなら8月6・7日の仙台七夕祭りだと、仙台を盛り上げるのに協力できるかな。でもホテルとか高いかな。とりあえず、早期予約料金があるところを仮押さえしてみよう。

そのあと、別の友人一家が住む気仙沼にも行きたい。友人が住む地区は仙台からでも相当時間がかかるそうなので、プラス2泊ぐらいかな…。どうだろう、その辺は友人と相談のうえで。

行程の一部だけでも、一緒に行く人を気長に募集しますよ。あと、託したい品物や手紙や写真などあれば、責任を持ってお預かりします。ご検討ください。

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2011/04/23

ともだちのこと

とりとめない内容だし、決して楽しい話ではないけど、やはり書き留めておきたいのと、彼女のことを心配してくれた人にご報告しておきたかったので。

     *

とてもとても残念で悲しい形ではあるけれど、行方不明だった友人は、ようやくご親族の元へ戻ってきました。彼女の家があった地区は、メディアでもすごく遠巻きにしか映し出されない。まだ立ち入りが制限されているそうだし、依然として直視に耐えない状況なのかもしれない。被災地の方々の心痛が和らぐ日が、少しでも早く来るように願う。そして地道に捜索と身元照会を続けてくださっている自衛隊や警察の皆様にも、労いの言葉をかけてさしあげたい。

残されたご親族には、彼女と過ごした楽しい思い出をメールでお伝えし、手持ちの写真もお送りしました。連絡をくださった、年齢の近い従姉妹の方がおっしゃるには、彼女は写真を撮られるのがあまり好きではなかったらしく、親族の集まりでも、なるべく写らないようにしていたそうだ。だから、写真は本当に嬉しいとおっしゃってくれた。そう言われてみると、一緒に遊びに行ったときも、彼女が自らカメラを持ってきた記憶はない。でも、友達同士で写した写真には、嫌がったり隠れたりすることなく笑顔で写ってくれている。みんなの気持ちを尊重し、心を配ってくれていたんだろうね。

彼女と一緒に行った場所を思い出してみると、その多さに自分でもびっくり。新潟、富士急、新横浜、猿島、中華街と関内、日本武道館、渋谷、代々木、新木場。横浜駅で飲んだのは、横浜ブリッツに行ったんだっけ? 赤坂では、うどん食べたな。荒吐では、昼は天気よかったのに夜に土砂降りになったな。もしかして他にもあったっけ? いつも行動力があって、パワフルだったな。ビールが好きだったよね。初対面の人でも気さくに話しかけて仲良くなって、ジーンズやスニーカーは滅多に履かなくて、たいていスカートと革のシューズで女らしかった。

そういう、私とは全然違うところが、すごくうらやましかったんだよ。友達になれて楽しかったよ。

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